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ニガクリタケ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
苦栗茸から転送)
ニガクリタケ
Hypholoma fasciculare
分類
: 菌界 Fungi
: 担子菌門 Basidiomycota
亜門 : ハラタケ亜門 Agaricomycotina
: ハラタケ綱 Agaricomycetes
亜綱 : ハラタケ亜綱 Agaricomycetidae
: ハラタケ目 Agaricales
: モエギタケ科 Strophariaceae
亜科 : モエギタケ亜科 Stropharioideae
: クリタケ属 Hypholoma
: ニガクリタケ H. fasciculare
学名
Hypholama fasciculare (Huds.) P. Kumm. (1871)[1][2][3]
シノニム
和名
ニガクリタケ

ニガクリタケ(苦栗茸[5]学名: Hypholoma fasciculare)はハラタケ目モエギタケ科モエギタケ亜科クリタケ属の小型から中型のキノコ食用キノコクリタケに似ていることから誤食しやすい毒キノコで知られ、和名もクリタケに似ているが噛むと強い苦味があることから名づけられている[6][7][注 1]。各種広葉樹や針葉樹の倒木などに群生し、傘は黄色で成熟するとヒダが黒くなる。毒性は強く多くの死亡例がある毒キノコである[9] 。ニガコ・ニガッコ(東北)[10]、ニガモダシ、ニガタケ、ウラグロ、スズメタケ(青森)などの地方名がある[11][5][12]

分布・生態

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汎世界的に分布[13][1]北アメリカヨーロッパなどの地域にも分布する。

発生期間が長く、至る所で見かけるありふれたキノコで[11]、ほぼ一年中見ることが出来る[6][12]。人里近くのシイカシ林、雑木林ブナミズナラ林、スギマツなどの針葉樹林で見られる[14]タケの枯れにも束生する[1]

木材腐朽菌[13]白色腐朽菌[8](腐生性[14])。春から晩秋にかけて[13]、各種針葉樹および広葉樹の倒木や切り株、枯れた幹などに多数群する[5][14][12]。樹木の多い公園などでも普通に生えていて[14]、他のキノコが少ない時期によく目立つ[8]。特に伐採した木が積み上げられている場所に群生していることが多い[8]

形態

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子実体からなる。傘の直径が2 - 5センチメートル (cm) 程度の小型のキノコである[6][12]。傘ははじめ半球形から丸山形、のちにまんじゅう形から、扁平か傘の中央が盛り上がった扁平に開く[6][5]。表面は湿り気を帯び、なめらかで、多少浸水状[5]。色は鮮黄色から淡褐色[12]、傘の中央が橙褐色のち硫黄色になる[14]クリタケHypholoma lateritium)を黄色くしたような感じだが、色の変異があって一様ではない[11]。幼菌時の皮膜の名残が、傘の縁や柄にあるが[12]、のちに消失する[5]ヒダは幅狭く密、柄に湾生から上生し、はじめ淡黄色から硫黄色、のちに胞子が成熟するとオリーブ褐色からついに暗紫褐色になる[5][14][2]

柄は長さ2 - 8 cm、太さ3 - 7ミリメートル (mm) で細く[2]、傘と同色であるが、下方に向かって橙褐色[5]。中空[13]。しばしば湾曲する[2]。柄の表面は繊維状で絹糸状の光沢があり、不完全なツボがあるが消失しやすい[5]。柄の上部にクモの巣状の皮膜がつくことが多く[8]、幼菌時のヒダはこのクモの巣状膜で覆われている[11]は黄色で[5]、名前の通り生のものは非常に苦く[12]、飲み込まずに味見をすることで区別できる[14]。加熱すると苦みは消えるが、毒性はそのままである。

担子胞子は楕円形で大きさは6 - 7.5 × 3.5 - 4.5マイクロメートル (μm) 、平滑、淡汚黄色[2]胞子紋は紫褐色である[1][2]

日本でニガクリタケとよばれていたキノコは、発生場所や、苦味の強弱などに差異が多く見られることから、形態がよく似た複数の類似種の存在が指摘されていたが[5]2014年になって日本産のニガクリタケには Hypholoma fasciculare の他に日本未報告種の H. subviride が含まれていることが判明した[15][2]。同種はアメリカ合衆国コスタリカベリーズに分布する。

毒性

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小さなキノコであるが姿や形が食菌のナメコやクリタケに似ているので、しばしば誤食事故を起こしており、過去に死亡例もある猛毒キノコである[6][14][10]。食べると胃のむかつきに始まり、嘔吐、下痢、腹痛を引き起こして、最悪の場合は死に至る[6]。ただし、その名の通りとても苦いため、生の状態でかじってみると食べる気にはならないほどである[10]。ところが、加熱すると苦みは感じなくなるものの、その毒性はなくならないため中毒を起こしてしまう[10]。同定に迷ったときは、絶対に食べないように注意喚起されている[11]

毒成分

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毒成分としてはトリテルペンステロイド骨格を持つファシクロールファシキュロール、fasciculol)E、F [16][17]が分離されており、カルモジュリン阻害作用を持つ[12]。ファシクロール類は苦味の元でもある。ほかにムスカリン類、ネマトリン(苦味物質、細胞毒、抗菌物質)、ファシキュラーレリシン(溶血性タンパク)が含まれる[5][13]。その他の化合物に、ファシキュリン酸(抗菌物質)、ハイフォロミンA,B(色素)、ファシキュリンA,B(蛍光物質)が含まれている[5]

しかし、ファシクロール類だけでは多彩な中毒症状を説明できず、現在のところ、致死性の毒成分は未解明である(鳥取大学により培養・成分抽出などの研究が続けられている[18])。1983年千葉大学の藤本らの研究によりマウスに対する毒性が確認され、ファシクロールEは50 mg/kg、ファシクロールFは168 mg/kgでマウスはけいれんし死亡している[1]

中毒症状

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食後数十分から3時間程度で、消化器系の症状が中心で強い腹痛、激しい嘔吐下痢悪寒などの症状が現れる[5][12]。重症の場合は、脱水症状アシドーシス痙攣ショック、手足の麻痺などを経て、神経麻痺や肝障害などを引き起こし、最悪の場合は死に至る[5][12][10]。しかし一部には、茹でこぼしてから、長時間流水にさらして毒抜きをして食べる習慣のある山村地域で利用された[6][9]

中毒例

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青森県の一家の中毒例。1956年(昭和31年)5月3日、青森県五所川原市の一家6名が採取したニガクリタケを猛毒きのこと知らずに佃煮にして昼に食したところ、翌朝までに子供3人(5、7、10歳)が死亡、一時回復した13歳長女も3日後に死亡[1][19]。ともに6 - 8時間後にの痺れ、激しい嘔吐下痢けいれん、その後意識不明、腹部から首にかけての紫斑などが現れ、肝障害や神経麻痺で急死[1][19]。38歳の母親は嘔吐、下痢、けいれんのあと、一時意識不明になるが4日後に回復[1]。46歳の父親も同様の症状を発症するが20時間で回復[1][20]。両親が子供たちのために、自分たちは少しだけ食べて残りを食べさせたことが子供だけ死亡した原因とみられ、今関六也は「涙ぐましい親心があだとなってしまった」と評している[21]

類似の食用種

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食用であるナメコクリタケクリタケモドキニガクリタケモドキナラタケ、ナラタケモドキと誤認しやすい[12]キノコ狩り初心者は、よく似た食菌のクリタケと間違って採取してしまうことがあるが、ニガクリタケは口に含むと苦いという特徴がある[11]。クリタケはヒダが灰褐色、肉に苦みがない[14]。クリタケの色は栗色をしているのでまず色で見分けるが、判断に迷ったら少量なら問題ないので飲み込まずに噛んで確認する[6]。特にクリタケモドキとは全く同じ外観をしており、極めて紛らわしいので厳重に注意が必要である。

その他

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トリウムウランを蓄積しやすいとする報告がある[22]

脚注

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注釈

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  1. ^ 名前は「苦い」クリタケであるが、クリタケ (Hypholoma sublateritium) にはあまり似ていないという指摘もある[8]

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i 今関六也・大谷吉雄・本郷次雄 編著 2011, p. 225
  2. ^ a b c d e f g 前川二太郎 編著 2021, p. 229.
  3. ^ a b c d e f g h i j Hypholoma fasciculare”. MYCOBANK Database. 国際菌学協会 (IMA) とウェスターダイク菌類生物多様性研究所. 2025年2月16日閲覧。
  4. ^ サミュエル・フレデリック・グレイ (1766 – 1828) or ジョン・エドワード・グレイ (1800-1875)
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 長沢栄史 監修 2009, p. 38.
  6. ^ a b c d e f g h 瀬畑雄三 監修 2006, p. 159.
  7. ^ 大作晃一 2015, p. 52.
  8. ^ a b c d e 秋山弘之 2024, p. 43.
  9. ^ a b 胃腸障害を引き起こすきのこ-財団法人 日本中毒情報センター
  10. ^ a b c d e 白水貴 監修 2014, p. 55.
  11. ^ a b c d e f 大作晃一 2005, p. 94.
  12. ^ a b c d e f g h i j k 自然毒のリスクプロファイル:キノコ:ニガクリタケ”. www.mhlw.go.jp. 厚生労働省. 2022年11月8日閲覧。
  13. ^ a b c d e 吹春俊光 2010, p. 137.
  14. ^ a b c d e f g h i 牛島秀爾 2021, p. 90.
  15. ^ 西田麻理奈, 早乙女梢 他、日本産 Hypholoma fasciculare (ニガクリタケ) の分類学的再評価」『日本菌学会大会講演要旨集』日本菌学会第57回大会 セッションID:A13, doi:10.11556/msj7abst.57.0_12, 日本菌学会
  16. ^ 中毒の原因となる毒キノコ ニガクリタケ(猛毒)モエギタケ科 東京都福祉保健局
  17. ^ Grünblättriger Schwefelkopf (Hypholoma fasciculare)
  18. ^ 毒きのこの子実体生産と化合物ライブラリの商品化、鳥取大学農学部附属菌類きのこ遺伝資源研究センター、2011年
  19. ^ a b 白水貴 監修 2014, p. 59.
  20. ^ 食品安全委員会 ハザード概要シート(案)「ニガクリタケ」
  21. ^ 今関六也、1974.カラー日本のキノコ(山溪カラーガイド64).山と溪谷社、東京. ISBN 9-784-63502-664-2
  22. ^ Campos JA, Tejera NA, Sánchez CJ., Substrate role in the accumulation of heavy metals in sporocarps of wild fungi. Biometals. 2009 Oct;22(5):835-41. Epub 2009 Mar 31, doi:10.1007/s10534-009-9230-7

参考文献

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  • 秋山弘之『知りたい会いたい 色と形ですぐわかる 身近なキノコ図鑑』家の光協会、2024年9月20日。ISBN 978-4-259-56812-2 
  • 今関六也・大谷吉雄・本郷次雄 編著『日本のきのこ』(増補改訂新版)山と渓谷社〈山渓カラー名鑑〉、2011年12月25日。ISBN 978-4-635-09044-5 
  • 牛島秀爾『道端から奥山まで採って食べて楽しむ菌活 きのこ図鑑』つり人社、2021年11月1日。ISBN 978-4-86447-382-8 
  • 大作晃一『山菜&きのこ採り入門 : 見分け方とおいしく食べるコツを解説』山と渓谷社〈Outdoor Books 5〉、2005年9月20日。ISBN 4-635-00755-3 
  • 大作晃一『きのこの呼び名事典』世界文化社、2015年9月10日。ISBN 978-4-418-15413-5 
  • 白水貴 監修、ネイチャー&サイエンス 編『毒きのこ : 世にもかわいい危険な生きもの』新井文彦 写真、幻冬舎、2014年9月20日。ISBN 978-4-344-02640-7 
  • 瀬畑雄三 監修、家の光協会 編『名人が教える きのこの採り方・食べ方』家の光協会、2006年9月1日。ISBN 4-259-56162-6 
  • 長沢栄史 監修、Gakken 編『日本の毒きのこ』学習研究社〈増補改訂フィールドベスト図鑑 13〉、2009年9月28日。ISBN 978-4-05-404263-6 
  • 吹春俊光『おいしいきのこ 毒きのこ』大作晃一(写真)、主婦の友社、2010年9月30日。ISBN 978-4-07-273560-2 
  • 前川二太郎 編著『新分類 キノコ図鑑:スタンダード版』北隆館、2021年7月10日。ISBN 978-4-8326-0747-7 

関連l項目

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外部リンク

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