坂口 (企業)
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(米子YSPボウルから転送)
種類 | 合名会社 |
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本社所在地 |
日本 〒683-0052 鳥取県米子市博労町三丁目183番地 |
本店所在地 |
〒683-0814 鳥取県米子市尾高町66番地 |
設立 |
1920年9月8日 創業 1894年12月 |
業種 | 水産・農林業 |
法人番号 | 8270003000186 |
事業内容 | 林業、不動産業、保険代理業、エネルギー、ボウリング場経営 |
代表者 | 坂口平兵衛 |
資本金 | 2,625万円 |
従業員数 | 40人 |
主要部門 | 本文参照 |
主要子会社 |
沢屋不動産有限会社 有限会社サングリーン 株式会社サウンドシティ |
関係する人物 | 坂口平兵衛 (初代) |
外部リンク | http://www.sakaguchi-g.jp/ |
坂口合名会社(さかぐち)は、鳥取県米子市に本社をおく企業である。
概要
[編集]合名会社坂口商店時代
[編集]坂口商店は1894年(明治27年)12月醤油製造販売、砂糖、紡績糸、石油販売を目的として資本金2万円で起業、翌年から営業を開始した[1]。事務所は鳥取県米子市尾高町[1]。
その中心業務は醤油の販売で、販路の拡大に努力し、1898年(明治31年)ころには鳥取・島根両県下の至る所に販売所が設けられ、遠くは北海道、九州方面へ輸送するに至っている[1]。その醸造醤油は、すでに1895年(明治28年)7月、京都で開かれた第4回内国勧業博覧会で有功賞を受賞している[1]。
1898年(明治31年)2月からは、同商店の規模を拡大するため酒造業が開始されている[1]。
現在
[編集]1920年9月10日に現社名の坂口合名会社に変更。
事業内容は林業、土地・建物の管理運営、ボウリング場の経営、生保・損保代理業。
かつては、ゴルフ場・ゴルフ練習場・アイススケートリンクの経営を行っていた。
沿革
[編集]- 1894年 - 合名会社坂口商店設立[2]。
- 1920年9月10日 - 坂口合名会社へ組織変更。
- 1967年11月 - YSPスポーツセンター(アイススケートリンク兼用屋内プール)開業[3]。
- 1970年12月 - 米子YSPボウル開業[2]。
- 1988年9月 - 関連会社、沢屋不動産設立[2]。
- 1991年7月 - 関連会社、サングリーン設立[2]。
- 1999年3月 - YSPスケートリンク閉鎖[3]。
- 2008年 - 島根県松江市の有限会社北國醤油店(現・株式会社北國)に「かぎさ醤油」のブランドを譲渡し、創業時から続いた醤油醸造業から撤退[4]。
- 2011年6月 - 本社事務所移転。(米子YSPボウル隣接)
- 2012年 - 再生可能エネルギー事業参入
参考文献
[編集]- 『米子商業史』(1990年、編纂・著作 米子商工会議所米子商業史編纂特別委員会 107頁)
- 『山陰企業年鑑』株式会社山陰政経研究所、2013年、244頁。(会社情報)
関連会社
[編集]- 沢屋不動産有限会社
- 有限会社サングリーン
- 株式会社サウンド・シティ
関連項目
[編集]- 財閥
- 坂口財閥
- 坂口平兵衛 (初代)
- 坂口平兵衛 (2代)
- 坂口平兵衛 (3代)
- 坂口豊蔵
- 坂口武市
- 大山ハム - 「大山ハム」の商標は元は当社が保有していた。
- チュウブYAJINスタジアム - 元は当社のゴルフ場跡地、当時の名称は「YSP安倍山パークコース」。
- 『銀色の雨』 - 2009年公開の日本映画。当社保有の旧アイススケートリンク建屋周辺および2階に入居しているボクシングジムでロケが行われた。