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海獣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
海洋哺乳類から転送)

海獣(かいじゅう、marine mammals[1])は、に生息する哺乳類(獣)を指す[2]。別名は海獣類・海洋哺乳類・海生哺乳類・海棲哺乳類・海産哺乳類(あるいは、「~哺乳類」の代わりに「~哺乳動物」)。

形質による分類であり、分類学的なグループ(分類群)や系統学的なグループ(クレード)とはならない。もっぱら、水族館学人文科学漁業などの分野で使われる用語である。

範囲

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水族館学では、

を海獣とする[3]

これに、部分的に海生であるホッキョクグマを加えることがある[4][1]。アメリカの海産哺乳動物保護法 (MMPA) も、これらを marine mammals(海産哺乳動物 = 海獣)とする。

そのほか、現生ではカワウソの一部[2]を含むこともある。絶滅群では、デスモスチルス目[4][2]ウミベミンク[2]などがいた。

「海獣」の定義からすると、淡水性・汽水性であるカワイルカバイカルアザラシは含まれないことになるが、区別されることは少ない。逆に、淡水性のカワウソビーバーを同等に扱うこともある[3]

海生への適応

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海生への適応度合いで分類すると、3段階に分かれる[1][注釈 1]

海洋常在種
クジラ類・海牛類。一生を海洋で生活し、陸上では生きられない。
海洋適住種
鰭脚類・ラッコ。一生の大部分を海洋で生活するが、繁殖期などは陸に上がる。
海洋好遊種
ホッキョクグマ。主に陸上(あるいは氷上)で生活するが、外敵から逃れたり、移動や、餌を採るために、好んで遊泳する。海獣に含めないこともある。

特徴

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脊椎動物は元来水棲だが、哺乳類は一度完全に陸棲に適応している。そのため海獣は全て二次的に海棲生に再適応したもので、もとからの海生生物に比べ適応が不完全な点も多い。以下のような適応の傾向がほぼ共通に見られる。これは基本的には水中生活への適応であり、淡水産の哺乳類にもほぼ類似の現象が見られるが、海産種の方がより顕著である。

これらは海生爬虫類と同じような傾向であるが、爬虫類では卵生で、卵は水中に耐えられないため、陸で産卵するか、卵胎生になるかの進化が見られる点、元から胎生の哺乳類の方が有利ではある。

  • 全て、陸棲の哺乳類と変わらず肺呼吸である。そのため、一定時間ごとに海面に顔を出す必要がある。
  • 四肢に変化する傾向がある。前脚は魚の胸鰭に、後脚あるいは尾は魚の尾鰭に相似する器官となる。
    • ラッコ・ホッキョクグマは四肢はその形を保っている。
    • 鰭脚類では四肢はすべて鰭脚となっており、陸上での使用は可能ではあるものの、著しく不便となっている。胸びれには前足を、尾びれには後足を当てる。尾はむしろ退化する。アザラシではこれに伴って後足を前に曲げる能力が失われ、陸上での活動はより限定的になっている。
    • 鯨類と海牛類は胸びれに前足を当てる点では同じだが、尾びれに当たる部分に尾をあてた。そのため、後肢が退化してしまっており、ほとんど陸に上がることは不可能である。ラッコは陸に上がることは可能だが上がる必要はない。しかし鰭脚類は海中では交尾出産できないため、繁殖期には陸に上がらなければならない。
  • 断熱のため厚い皮下脂肪を持ち、体毛をほとんど失っている。ただしラッコは体が小型のため皮下脂肪も薄く、かわりに密な毛皮の間の空気層で断熱している。
  • 耳介が退化する傾向がある。なお、ホッキョクグマも同様の傾向を示し、これを海中生活への適応と見ることも出来る。しかし、これは同時にクマ類の中でもっとも寒冷地に住む種として、ベルクマンの法則に合う例と見ることも出来る。
  • 流線型のなめらかな体の線を持つようになるが、これは水中での抵抗が少なくなる点でも有利である。ホッキョクグマは陸棲の他種のクマと形態はほとんど変わらないが、顕著な違いである流線型の頭部や長い首は水中生活への適応であるとされている。

分類

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分類群

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目分類では、現生3目、デスモスチルス目を含めれば4目に分かれる。海獣類は互いに近縁ではなく、それぞれが独立に(後述の系統図の★の箇所で)海棲に進化した平行進化の一例である。比較的近く同じ食肉目に含まれる鰭脚類とラッコも、目の中で特に近くはなく、独立に進化している。

海牛目
ジュゴンマナティー
鯨偶蹄目の一部
鯨類クジライルカ
食肉目の一部
鰭脚類アシカアザラシ など)
ラッコカワウソ
ウミベミンク
ホッキョクグマ
束柱目
デスモスチルスなど

海獣は全て、有胎盤類である。すなわち、有袋類単孔類の海獣はいない。ただし淡水性なら、有袋類のフクロカワウソや、単孔類のカモノハシがいる。

系統

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海獣以外の系統は簡略化して記す。

有胎盤類

異節類

アフリカ獣類

アフリカ好虫類

近蹄類

イワダヌキ目

★? テチス獣類

ゾウ目(長鼻類)

ジュゴン目(海牛類)

デスモスチルス目(束柱類)

真主齧類

ローラシア獣類

真無盲腸類

鯨偶蹄目

略(側系統)

★?

カバ科

鯨類

略(側系統)

食肉目

略(側系統)

クマ科

略(側系統)

ヒグマ

(★)ホッキョクグマ

鰭脚類

略(側系統?)

イタチ科

略(側系統)

イタチ亜科

略(側系統)

(★)ウミベミンク

カワウソ亜科

オオカワウソ

カナダカワウソ

ラッコ

その他のカワウソ

ラッコは1種のみのグループであるが、河川に棲むカワウソから進化している。つまり、(☆の箇所で)水棲に進化したもっと大きなグループの1種である。なお、カワウソ類も部分的に海生の個体群がいる(特定の種が海生というわけではない)。

進化史

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鯨類

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パキケトゥスの骨格

鯨類は世界最大の動物を輩出してきた分類群である。どの哺乳類よりも特殊化が進んでおり、一生の間をすべて水中ですごすために進化してきている。例をあげると体温が下がりにくくするための皮下脂肪を分厚く、汗腺後肢をなくし、前肢は鰭状になり推進力をだす大きな尾、水中でも音を聞き取り方向を把握できるよう耳の改変など、様々な進化をしてきている[5]

ムカシクジラ類

ムカシクジラ類は最古の化石記録のパキケトゥスで、始新世の地層から見つかった。パキケトゥスは原始的な偶蹄類に似ている。ムカシクジラ類は時間がたつにつれて臼歯の数が減るように定向進化した。ムカシクジラ類はバシロサウルスなどが北アメリカに生息していたことがあきらかであった。始新世後期になると南半球にも分布を広げたことがわかっている[5][6]

ヒゲクジラ類

初期のヒゲクジラには歯が残っていた種もあった。ヒゲクジラ類の進化の傾向は歯の消失、身体の大型化、頭部の巨大化、首の縮小、そしてテレスコーピングの著しい発達などがあげられる。ヒゲでプランクトンをこしとって食べていたと考えられている[5]

ハクジラ類

ハクジラ類はヒゲクジラ類と違って、上顎骨が後方に伸び、上眼窩突起という広い面を作っている。この大きな突起は顔の筋肉の起点のなっており、筋肉と鼻にある器官によって発せられる高周波でエコロケーションを行っている。ハクジラの進化の傾向として顔面が左右対称になる、耳の骨が頭骨からの分離などがあげられる[5]

海牛目

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海牛類は始新世後期におこった第二次適応放散に海に進出したグループのひとつ。出現以降浅瀬の種子植物しか食べられないせいか、あまり繁栄することはなかった。餌はアマモ類であり、アマモ類の分布の変化はあまりなかったためか、あまり衰退繁栄はしなかった。マナティー科は歯の水平交換というシステムを進化した。マナティー科の主食の食べ物には二酸化ケイ素が含まれていて、歯がすり減ってしまう問題があったが、その問題を歯の水平交換という、すり減って、抜け落ちた歯のためにあらかじめ後ろに歯を作り、ベルトコンベアのようなシステムをつくり解決したのである[5]

束柱目

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最古の化石記録は漸新世後期とほかの海生哺乳類とは一足遅れて、出現したグループであった。遊泳に適したからだにし、歯は象牙質の歯の周りをエナメル質の厚い壁で覆っていて、円柱が一直線にならんだ口の中だった[5]

展示

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かつて江の島水族館の改装前には、鰭脚類を主に飼育する「江の島海獣動物園」があり、オットセイを飼育していた[7]

脚注

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注釈

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  1. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ)(今泉吉典)は、この第1と、第2+第3に相当する2つに分けている[2]

出典

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  1. ^ a b c 西脇昌治 (1974), “海獣”, in 相賀鉄夫, 万有百科大事典 20 動物, 小学館 
  2. ^ a b c d e 今泉吉典. “海獣”. 日本大百科全書(ニッポニカ)(コトバンク). 2019年5月26日閲覧。
  3. ^ a b 海獣好きのための水族館ランキングベスト10|WEB水族館
  4. ^ a b 今泉吉晴 (2009), “海獣”, in 下中直人, 世界大百科事典, 2009年改定新版, 平凡社 
  5. ^ a b c d e f 『新版 絶滅哺乳類図鑑』丸善。 [要ページ番号]
  6. ^ 『動物の起源と進化』八坂書房。 [要ページ番号]
  7. ^ 歴史 昭和27年設立〜昭和40年代”. 新江ノ島水族館. 2006年11月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月11日閲覧。

外部リンク

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