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望月 清平(もちづき せいへい、生没年不詳)は、幕末の土佐藩士。望月真澄の長男。名は弥塩。
土佐国土佐郡小高坂村の生まれ。文久元年(1861年)土佐勤王党が結成されると、弟の亀弥太とともにそれに加盟する。同年、大坂で瀬戸内海防備のために出動している。文久3年(1863年)藩に土佐勤王党の擁護を訴える建白を行っているが、間もなく土佐勤王党は解散している。維新前後には新居留守組に編入されている。
坂本龍馬との親交が深く、文久2年(1862年)吉田東洋暗殺の嫌疑がかけられた龍馬に身を隠すように勧めたり、慶応3年(1867年)龍馬が横死する直前に手紙のやり取りをしている。