平坦加群
数学において、平坦加群(へいたんかぐん、英: flat module)とは、テンソル積をとる関手 M ⊗ – が完全となる加群 M のことである。 ホモロジー代数学および代数幾何学における基本的な概念のひとつ。ジャン=ピエール・セールによって導入された[1]。
定義
[編集]A を環、M を右 A 加群とする。 A 加群からなる任意の短完全系列
に対して、M とのテンソル積をとった系列
が完全になるとき、M は A 上平坦である、または M は平坦 A 加群であるという。 M が左 A 加群のときも同様に定義される。
なお一般の加群 M に対しては、関手 M ⊗A – は右完全ゆえ
A 代数 B が平坦であるとは、B が A 加群として平坦であることをいう。
性質
[編集]- 射影加群は平坦である。特に自由加群も平坦である。
- (推移性) B が平坦 A 代数で、M が平坦 B 加群ならば、M は A 加群としても平坦である。
- (係数拡大) A 加群 M が平坦ならば、任意の A 代数 B に対し、B 加群 M ⊗A B も平坦である。
- AS を環 A の積閉集合 S による局所化とすると、AS は A 上平坦である。
- (局所性)上より、A の任意の素イデアル p に対し、Mp = M ⊗A Ap は平坦な Ap 加群となる。逆に、任意の p に対し Mp が Ap 上平坦ならば、M は A 上平坦である。
- I を A の自明でないイデアルとすると、A/I が AS の形に書ける場合を除き、A 加群 A/I は平坦でない。
- A 加群 M が平坦であることと、任意の A 加群 N に対し TorA
1 (M, N) = 0 となることとは同値である。
忠実平坦性
[編集]M は平坦な A 加群であるとすると、次に述べる条件は同値である。これらの条件を満たすとき M は忠実平坦な A 加群であるという。
- A の任意の極大イデアル m に対し、M ≠ mM が成り立つ。
- 0 → M ⊗A N1 → M ⊗A N2 → M ⊗A N3 → 0 が完全ならば、0 → N1 → N2 → N3 → 0 も完全である。
- 0 でない任意の A 加群 N に対し、M ⊗A N ≠ 0 が成り立つ。
A 代数 B に関しても同様に忠実平坦性を定義する。この場合は次も同値である。
- A の任意の素イデアル p に対し、A ∩ q = p なる B の素イデアル q が存在する。
概型論
[編集]スキームの射 ƒ : X → Y が平坦であるとは、X のすべての点 x に対し、局所環の射 OY, ƒ(x) → OX, x が平坦であることをいう。環における平坦性が局所的性質であることから、アフィンスキームの間の射の平坦性は対応する環の射の平坦性と同値である。
平坦かつ全射である射は忠実平坦であるという。これもアフィンスキームにおいては環での定義と一致する。
平坦分解と平坦次元
[編集]環 R 上の加群 M に対し、各 R-加群 Fi が平坦加群であるような次の完全列
を M の平坦分解という。自由分解や射影分解は平坦分解である。すべての i > n に対し Fi = 0 であるような平坦分解を長さ n の平坦分解という。そのような n が存在する場合その最小値を M の平坦次元といい、存在しない場合は平坦次元は ∞ という。平坦次元は fd(M) と書かれる。平坦次元は射影次元を超えない。左 R-加群 M と整数 n ≥ 0 に対して以下は同値[2]。
- fd(M) ≤ n.
- 任意の右 R-加群 X に対して、
- 任意の i ≥ n + 1 と任意の右 R-加群 X に対して、
脚注
[編集]- ^ ただし、彼はなぜ平坦(flat)という語を用いたか覚えていないと言っている。“Why are flat morphisms “flat?””. 2015年9月28日閲覧。
- ^ Weibel 1994, Lemma 4.1.10.
参考文献
[編集]- Weibel, Charles A. (1994). An introduction to homological algebra. Cambridge University Press. ISBN 0-521-43500-5. Zbl 0797.18001