河神
河神(かしん)は、河川の神。河の神(かわのかみ)、川の神などともいう。ガンジス川の神ガンガー、黄河の神河伯、ナイル川の神ハピやネイロスなど、世界各地の信仰に登場する。
概観
[編集]川は人間にとって、水源や航路として恩恵をもたらすと同時に、洪水や水難事故など災害をもたらす存在でもある。川にまつわる信仰は、人間がいかに自然と共存してきたかを反映している[1]。
川の神は、川の神格化(例: ガンガー)[2]の場合もあれば、川の支配者(例: 河伯)[3]などの場合もある。女神の場合もあれば、男神の場合もある[4]。ドラゴン・竜・蛇とされる場合も多い[1][4][5]。海神や泉神など、他の水の神と結びついている場合も多い。
類例に、川の妖精や精霊(ニンフやローレライ)、川の擬人化(利根川の坂東太郎[4]、母なる川[4])がある。
ギリシア
[編集]ギリシア神話では、各地の川が神格化された。その多くは海神オケアノスの息子とされる[4][6]。
エジプト
[編集]エジプト神話では、ナイル川自体が神格化されることは無かったが[2]、ナイル川と関わる神は多くいる。例として、ハピ讃歌にうたわれるハピのほか[2]、アヌケト、オシリス[7]、クヌム、サテト、セベク、ソプデトがいる。
ギリシア神話では、ナイル川の神はネイロスとされる。
インド
[編集]インドでは、多くの川が聖河として神聖視されている[2]。なかでも、ガンジス川(ガンガー川)、その支流のヤムナー川、幻のサラスヴァティー川は三大聖河とされ、それぞれ女神として神格化されている[2](ガンガー、ヤムナー、サラスヴァティー)。特にガンジス川は、ヴァラナシィ(ベナレス)などヒンドゥー教の聖地があることで知られる[8](ガンジス崇拝)。
中国
[編集]黄河の大洪水を治めた名君禹王は、後世では治水の神とされる[9]。共工は、その大洪水を起こした悪神とされるが、本来は水の神だったとする説もある[10]。関連する神に鯀(禹王の父)や相柳(共工の臣下)がいる[11]。
河伯は黄河の神、洛伯[3]や洛嬪(洛神、宓妃[6]とも)は洛水の神とされる。黄河と洛水には河図洛書の伝説もある。
その他、湘水の神湘君と湘夫人[6]、治水の神二郎神などがいる[12]。
日本
[編集]和語の「カワ」は、古くは「川」だけでなく「湧水」や「井戸」も意味した[13][14]。水神は川に祀られる場合もあったが、湧水や井戸に祀られる方が多かった[13][15]。水神は水分神と重なり[16]、竜や蛇[17][5]、田の神[15]と結びつけられる場合も多い。
妖怪の河童は、一説には「落ちぶれた水神」が起源とされる[1][18][19]。河童を神として祀る地域もある[18](水虎様)。
記紀神話では、ミツハノメノカミ[20]、ミツチ[20]、クラミツハノカミ[21]、ヒカワヒメ[22]などが川と関連がある。スサノオに退治されたヤマタノオロチは、一説には出雲の暴れ川である斐伊川(簸川)を象徴しているとされる[23]。
弁財天は、インドのサラスヴァティーが変遷した神であり、日本各地の川や水辺に祀られている[24]。
禹王は日本でも治水神として信仰されている[9]。日本各地の川辺に禹王遺跡(禹王の廟跡や石碑)がある[9]。
アイヌの伝承では、川(アイヌ語: ペッ、ナイ)自体がカムイであり、またミントゥチカムイなどが暮らす場でもある[25]。サケ漁の時期には、川で儀式(アシリチェップノミ)が行われる[25]。
以上のほか、九頭竜川の九頭竜伝承[4]、越前和紙の川上御前[4]、金刀比羅宮の金毘羅神[1][13]、信玄堤の三社神社[1]、木曽川の治水神社[1]、貴船川の貴船神社[4][26]、廣瀬大社[4]、香取神宮[27]、思古淵神[4]、氷川信仰、大杉信仰[28]、三頭獅子舞[28]、『万葉集』1巻38の柿本人麻呂の歌[29]などが川と関連がある
川の神にまつわる習俗として、橋や堤防の人柱[4]、川で立ち小便することのタブー[4][30][31]、川の難所を航行するときに御神酒などを捧げる安全祈願[1][31]がある。
宮崎駿監督のアニメ映画『千と千尋の神隠し』(2001年)には、川の神が主要キャラクターとして登場する[32]。日本の研究者の間では、宮崎駿の描く神々は、日本に古くからあるアニミズムを反映しているとされる[32]。
ヨーロッパ
[編集]セーヌ川の語源であるセクアナは、ケルト神話の癒しの女神である[33]。ガロ・ローマ時代にはセーヌ川の源流に神殿があった[33]。
その他、ドナウ川の神ダヌビウス(ダーヌビウス)[34] ライン川の神レヌス(レーヌス[35])などがいる。ライン川は「ローレライ伝説」「ジークフリートの竜退治」の舞台でもある[36][37]。
その他
[編集]メソポタミア神話のエンキ、ペルシア神話のアナーヒター[6]、朝鮮神話の河伯、アフリカ南部のニャミニャミ[38]などがいる。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g 土木学会関西支部 1998, p. 325-329.
- ^ a b c d e 宮崎 2011, p. 87.
- ^ a b 吉川 2011, p. 151.
- ^ a b c d e f g h i j k l 芳賀徹、渡辺利雄ほか. “第十回歴史・風土に根ざした郷土の川懇談会 -日本文学に見る河川-”. www.mlit.go.jp. 国土交通省. 2024年9月18日閲覧。
- ^ a b “「ヘビ,ミサキ,スイジン,ヌシ,ハクジャ」国際日本文化研究センター | 怪異・妖怪伝承データベース”. www.nichibun.ac.jp. 2024年10月3日閲覧。
- ^ a b c d 平凡社 改訂新版 世界大百科事典『川』 - コトバンク
- ^ 『オシリス』 - コトバンク
- ^ 宮崎 2011.
- ^ a b c 大脇;植村 編 2013.
- ^ 蜂屋 2013, p. 13.
- ^ 蜂屋 2013, p. 14f.
- ^ 愛甲直宏「中国の水神について 二郎神の成立」『奈良大学大学院研究年報』第9号、奈良大学大学院、2004年。 NAID 120003462739 。
- ^ a b c 神崎 2009, p. 97.
- ^ 鈴木 2003, p. 80.
- ^ a b “水や川の神様といわれる水神様について”. www.cgr.mlit.go.jp. 国土交通省 中国地方整備局 太田川河川事務所. 2024年10月3日閲覧。
- ^ 佐藤 2001, p. 96.
- ^ 佐藤 2001, p. 91.
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- ^ “[ID:31923] かわのかみ : 資料情報 | 研究資料・収蔵品データベース | 國學院大學デジタル・ミュージアム”. 國學院大學デジタル・ミュージアム - 研究資料・収蔵品データベース. 2024年10月19日閲覧。
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- ^ ヨナ・レンダリング. “Danubius (Danube) - Livius”. www.livius.org. 2024年10月3日閲覧。
- ^ 小塩 1991, p. 55.
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- ^ 寶 2009, p. 105.
- ^ GNV管理者 (2018年7月21日). “世界最大級のカリバダム その歴史的背景に…”. GNV. ヴァージル・ホーキンス. 2024年10月3日閲覧。
参考文献
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- 蜂屋邦夫「中国禹王伝説と黄河の治水」2013年。
- 小塩節『ライン河の文化史 ドイツの父なる河』講談社〈講談社学術文庫〉、1991年。ISBN 4061589822。
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- 地方史研究協議会 編『河川をめぐる歴史像 境界と交流』雄山閣出版、1993年。ISBN 4639011903。
- 川島優美子「中世関東内陸水運における香取社の位置」1993年。
- 飯塚好「春・夏祈禱 川との関わり」1993年。
- 土木学会関西支部 編『川のなんでも小事典 川をめぐる自然・生活・技術』講談社〈ブルーバックス〉、1998年。ISBN 4-06-257204-4。
- 宮崎智絵「ヴァラナシィのガートにみる信仰」『二松学舎大学論集』第54号、二松学舎大学文学部、2011年。 NAID 120006644988 。
- 吉川忠夫 著「河伯」、尾崎雄二郎; 竺沙雅章; 戸川芳郎 編『中国文化史大事典』大修館書店、2013年、151頁。ISBN 9784469012842。