ロニー・ガービン
ロニー・ガービン | |
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1989年 | |
プロフィール | |
リングネーム |
"ラギッド" ロニー・ガービン ロニー "ザ・ロック" ガービン ロン・ガービン ミスター・ノックスビル ミス・アトランタ・ライブリー |
本名 | ロジャー・バーンズ |
ニックネーム |
石の拳を持つ男 ワンマン・ギャング |
身長 | 178cm - 180cm |
体重 | 105kg - 110kg |
誕生日 | 1945年3月30日(79歳) |
出身地 |
カナダ ケベック州 モントリオール |
スポーツ歴 |
レスリング ボクシング |
デビュー | 1962年 |
"ラギッド" ロニー・ガービン("Rugged" Ronnie Garvin、本名:Roger Barnes、1945年3月30日 - )は、カナダ・ケベック州モントリオール出身の元プロレスラー。
元NWA世界ヘビー級王者。ラフファイトに強いベビーフェイスのタフガイとして活躍し、その強烈なパンチ攻撃から "The Man with the Hands of Stone" の異名で呼ばれた(名付け親はプロレス実況者のゴードン・ソリー)[1]。
来歴
[編集]少年時代にモントリオールのバプティスト教会でパット・パターソンやテリー・ガービン(テリー・ジョイヤル)と共にトレーニングを積み、1962年に17歳でデビュー[1]。以後、テリー・ガービンの「弟」と称してロニー・ガービン(Ronnie Garvin)と名乗り、テリーとの「ガービン・ブラザーズ」で活動。
フロリダ、テネシー、ジョージアなどアメリカ南部のNWA圏をヒールのポジションで転戦し、1964年から1974年にかけて、各地区のローカル・タッグ王座を再三獲得[2][3]。その間、1971年1月にテリー・ガービンと共に日本プロレスに来日しているが、小柄だったこともあってタッグ王座への挑戦権は与えられず、これが最初で最後の日本マット登場となっている[4]。
1974年下期からは義理の息子でもあるジミー・ガービンも「末弟」として加わり、一時期はトリオの兄弟ユニットを結成していたが、1975年にガービン・ブラザーズを離れシングル・プレイヤーとなって活動。ルイジアナやノースカロライナを経て、1976年よりロン・フラー主宰のサウスイースタン・チャンピオンシップ・レスリングに登場。9月にザ・グラディエーターことディック・スタインボーンを破り、フラッグシップ・タイトルのNWAサウスイースタン・ヘビー級王座を獲得している[5]。ミスター・ノックスビル(Mr. Knoxville)なる覆面レスラーにも変身し、1977年6月10日にはボブ・オートン・ジュニアと組んでロバート・フラー&ボブ・アームストロングからサウスイースタン・タッグ王座を奪取した[6]。その後は素顔に戻ってベビーフェイスに転向、モンゴリアン・ストンパー、ボリス・マレンコ、アレックス・スミルノフ、ディック・スレーターらとサウスイースタン・ヘビー級王座を争い、通算6回に渡って同王座を獲得した[5]。
1979年、サウスイースタンでの戦友だったボブ・ループやオートン・ジュニアと共に、アンジェロ・ポッフォがケンタッキー州レキシントンにて旗揚げした新興独立団体インターナショナル・チャンピオンシップ・レスリング(ICW)に参戦。同年5月26日に同団体認定のサウスイースタン・ヘビー級王座の初代チャンピオンに認定され[7]、ペッツ・ワトレーやラニー・ポッフォとのタッグでも活動。以降ベビーフェイス陣営のトップとしてICWに定着し、1982年にかけてICW世界ヘビー級王者ランディ・サベージと抗争を繰り広げた[8]。
ICWの活動停止後はNWA圏に戻り、1983年よりジム・バーネット主宰のジョージア・チャンピオンシップ・レスリングに登場。1984年は4月7日にジェイク・ロバーツから世界TV王座を[9]、7月4日にジェリー・オーツと組んでロード・ウォリアーズからナショナル・タッグ王座を[10]、10月11日にはテッド・デビアスから同ヘビー級王座を奪取するなどの活躍を見せた[11]。
1985年下期からは、ジョージアを買収したジム・クロケット・ジュニアの運営するNWAミッドアトランティック地区に進出。1986年4月19日に開催されたタッグチーム・トーナメント "Crockett Cup" の第1回大会にはマグナムTAと組んで出場、2回戦でバズ・ソイヤー&リック・スタイナー、3回戦で全日本プロレスのジャイアント馬場&タイガーマスクを破り決勝戦に進出したが、ロード・ウォリアーズに敗れ準優勝に終わった[12]。
同年9月2日にはブラック・バートを破りミッドアトランティック・ヘビー級王座を獲得[13]。12月9日にはバリー・ウインダムをパートナーにザ・ラシアンズ(イワン・コロフ&クラッシャー・クルスチェフ)からUSタッグ王座を奪取[14]。そして1987年9月25日、ミシガン州デトロイトにてリック・フレアーを下してNWA世界ヘビー級王座を獲得した[15]。しかしファンの反応は鈍く[16]、彼の戴冠期間は短期に縮小され、2カ月後の11月26日、イリノイ州シカゴで開催された『スターケード'87』にてフレアーが王座に返り咲くこととなった[17]。
その後はジミーとガービン・ブラザーズを再結成してバーシティ・クラブなどと抗争するが、1988年8月にNWAを離脱し、ヒールのポジションでAWAやWWCを転戦。すでに斜陽期に入っていたAWAでは9月17日にグレッグ・ガニアからインターナショナルTV王座を[18]、プエルトリコのWWCでは11月24日にカルロス・コロンからユニバーサル・ヘビー級王座を[19]、それぞれ奪取している。
同時期にWWFと契約し、1988年12月、アイアン・マイク・シャープを破ってTVデビューを飾る[2]。再びベビーフェイスに戻り、1989年からはディノ・ブラボーやグレッグ・バレンタインとの抗争アングルが組まれ、PPVの『ロイヤルランブル'89』『レッスルマニアV』『サバイバー・シリーズ'89』にも出場した[2]。しかし、WWFではNWA時代のような活躍は果たせず、1990年1月の『ロイヤルランブル'90』以降はジョバーの役回りが多くなり、同年11月4日のハウス・ショーにおけるバディ・ローズ戦を最後にWWFを離脱した[20]。
以後、WWCを経て1992年はジム・コルネットがテネシー州ノックスビルで主宰していたスモーキー・マウンテン・レスリングで活動。ポール・オーンドーフとのベテラン同士の抗争を展開した[21]。セミリタイア後の1999年には、WWFを共にサーキットした同郷のジャック・ルージョー・ジュニアらルージョー・ファミリーの主催するモントリオール地区のイベント "International Wrestling 2000" に、ジミーやアブドーラ・ザ・ブッチャーとのタッグで出場した[22]。
近年は航空運送会社のパイロットとして活動[2]。彼は1970年代初頭に飛行機免許を取得し、サーキット中も自家用機で移動していたという[1]。なお、義理の息子ジミーも引退後はUSエアウェイズの操縦士となっている[23]。
引退後も南部のインディー団体やリユニオン・イベントに時折登場しており、2005年にはNWA時代の盟友ダスティ・ローデス対タリー・ブランチャードのレジェンド対決にてレフェリーを務めた[2]。2011年8月12日にインセイン・クラウン・ポッシーが主宰するJCWで行われたPPV "JCW Legends & Icons" では、ジミー・スヌーカ、トニー・アトラス、ジム・ドゥガン、リキシ、ヴィセラ、ドインク・ザ・クラウン、ブルータス・ビーフケーキらと共にバトルロイヤルに出場した[24]。
エピソード
[編集]アメリカのマット界においてガービンは、喧嘩自慢の素人(道場破り)や外部の選手の強さを品定めするポリスマン(用心棒)の役割も担っていた[25]。海外武者修行時代の藤波辰爾は、1976年にフロリダのカール・ゴッチのもとからノースカロライナのNWAミッドアトランティック地区に入った際、ゴッチの弟子ということで同地区の選手たちから警戒され、ガービンとの試合で肛門に指を入れられるなどして「仕掛けられた」という[25]。
得意技
[編集]- ノックアウト・パンチ("Hands of Stone" のニックネーム通りのパンチ攻撃)
- ガービン・ストンプ(相手の頭から爪先まで、各部を踏みつけるストンピング攻撃)
- フィギュア・フォー・レッグロック
- シャープシューター
- パイルドライバー
獲得タイトル
[編集]- NWA世界ヘビー級王座:1回[15]
- NWAミッドアトランティック・ヘビー級王座:1回[13]
- NWA USタッグ王座(ミッドアトランティック版):1回(w / バリー・ウインダム)[14]
- NWA世界タッグ王座(フロリダ版):1回(w / テリー・ガービン)[26]
- NWAフロリダ・タッグ王座:1回(w / オレイ・アンダーソン)[27]
- NWA世界TV王座:3回[9]
- NWAナショナル・ヘビー級王座:1回[11]
- NWAナショナル・タッグ王座:1回(w / ジェリー・オーツ)[10]
- NWAジョージア・タッグ王座:2回(w / テリー・ガービン)[28]
- NWAメイコン・タッグ王座:2回(w / テリー・ガービン、ロジャー・カービー)[29]
- NWA南部ジュニアヘビー級王座:1回
- NWA南部タッグ王座(ミッドアメリカ版):1回(w / テリー・ガービン)
- NWAミッドアメリカ・タッグ王座:2回(w / テリー・ガービン)
- NWAサウスイースタン・ヘビー級王座:6回[5]
- NWAサウスイースタン・タッグ王座:3回(w / トニー・チャールズ、ボブ・オートン・ジュニア×2)[6]
- NWAテネシー・タッグ王座:1回(w / テリー・ガービン)
- インターナショナル・チャンピオンシップ・レスリング
- AWAインターナショナルTV王座:1回[18]
- WWCユニバーサル・ヘビー級王座:2回[19]
脚注
[編集]- ^ a b c “The rugged road of Ronnie Garvin”. Slam Wrestling (2000年1月12日). 2011年12月25日閲覧。
- ^ a b c d e “Wrestler Profiles: Ronnie Garvin”. Online World of Wrestling. 2011年12月25日閲覧。
- ^ “Wrestler Profiles: Terry Garvin”. Online World of Wrestling. 2011年12月25日閲覧。
- ^ “JWA 1971 New Year Champion Series”. Puroresu.com. 2015年10月19日閲覧。
- ^ a b c “NWA Southeastern Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年7月6日閲覧。
- ^ a b “NWA Southeastern Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月25日閲覧。
- ^ a b “ICW Southeastern Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月25日閲覧。
- ^ “The ICW matches fought by Ronnie Garvin in 1981”. Wrestlingdata.com. 2024年7月6日閲覧。
- ^ a b “NWA World Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月25日閲覧。
- ^ a b “NWA National Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2022年2月15日閲覧。
- ^ a b “NWA National Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月25日閲覧。
- ^ “1st Annual Jim Crockett, Sr. Memorial Tag Team Tournament Cup”. ProWrestling History.com. 2011年12月25日閲覧。
- ^ a b “NWA Mid-Atlantic Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月25日閲覧。
- ^ a b “NWA United States Tag Team Title: Mid-Atlantic version”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月25日閲覧。
- ^ a b “NWA World Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月25日閲覧。
- ^ リック・フレアー、キース・エリオット・グリーンバーグ共著『リック・フレアー自伝 トゥー・ビー・ザ・マン』P236-237(2004年、エンターブレイン、ISBN 4757721536)
- ^ “Going Old School: Starrcade '87”. 411mania.com. 2011年12月25日閲覧。
- ^ a b “AWA International Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月25日閲覧。
- ^ a b “WWC Universal Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月25日閲覧。
- ^ “Ronnie Garvin: Matches 1990-2014”. Cagematch.net. 2024年7月6日閲覧。
- ^ “The SMW matches fought by Ronnie Garvin in 1992”. Wrestlingdata.com. 2024年7月6日閲覧。
- ^ “Rougeaus to battle Garvins, Dubois”. Slam Wrestling (1999年8月3日). 2011年12月25日閲覧。
- ^ “Jimmy Garvin on his 23 years in wrestling”. Slam Wrestling (2000年1月13日). 2011年12月25日閲覧。
- ^ “Event Data: JCW Legends & Icons”. Cagematch.net. 2012年12月28日閲覧。
- ^ a b 『Gスピリッツ Vol.19』P12(2011年、辰巳出版、ISBN 4777808920)
- ^ “NWA World Tag Team Title [Florida]”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月19日閲覧。
- ^ “NWA Florida Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月19日閲覧。
- ^ “NWA Georgia Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月19日閲覧。
- ^ “NWA Macon Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月19日閲覧。
- ^ “ICW Southeastern Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2014年7月13日閲覧。
外部リンク
[編集]- Online World of Wrestling
- ロニー・ガービンのプロフィール - Cagematch.net, Wrestlingdata.com, Internet Wrestling Database