レディーファースト
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レディーファースト(英: ladies first)は、乗車・食事その他の場面で女性を優先する欧米のエチケット。「婦人を先に」「婦人第一」と訳す[1]。日本語に借入したのは1926年から1945年の間とされている[2]。
レディー・ファースト[2][3]、レディー ファースト[1][4]、レディーズ ファースト[1]の表記もある。
概要
[編集]日本における文献では1930年の『アルス新語辞典』(桃井鶴夫・編)において、レディーファーストの[注釈 1]記述が確認できる[5]。
近年では、レディーファーストの行動理念は欧米においても古い世代のものになりつつある[6]。男性の権利の観点から批判があり[7][8][9]、レディーファーストが性差別(sexism)に当たるとして忌避されることもある。しかしながら、時と状況に応じて男性に必要とされる当然のマナーとして今も存在している[6]。
男性が連れの女性をエスコートする際のマナーとしてのレディーファーストの一例を以下に記す。ただし、型通りであれば良いということではなく、状況により臨機応変に動くことが望ましいとされている[6]。
- 道路を男女で連れ立って歩く際は車道側を男性が歩き、女性を事故や引ったくりから守る。
- エレベーターでは扉を押さえて女性を先に乗せる。降りる際も扉が閉まらないように気をつけて女性を先に通す。
- 扉は男性が開け、後に続く女性が通りきるまで手で押さえて待つ。
- 高級レストランで案内が付くときは、女性を先に通して男性が後ろを歩く。ただし、案内などが付かないレストランでは男性が先に立って席を探す。
- ロングドレスの女性は座ってから椅子を引きにくいことがあるので、座りやすいよう男性が椅子を引き、女性が座りやすいように椅子を戻す。
- 女性が中座する際、男性は一緒に立ち上がる。席に戻る際にも同様に立ち上がり、座るのを待つ。格の高い女性が立ち上がる際は、その場の男性全員が立つ。
- レジでの勘定は、どちらの負担であるかにかかわりなく男性が行う。ただし女性から招待を受けている場合は別である。
- 自動車などの乗降の際において、特に女性がロングドレスにハイヒールという装いならば、運転する男性が助手席に回ってドアを開閉する。
また、ホテルなどにおけるドアマンなどによるレディーファーストは、下記の通りである[6]。
- 自動車を降りる際に手をさしのべて女性を介助する。
- 船の乗降の際に手をさしのべて女性を介助する。
- 椅子に座る際、ウエイターが椅子を引いて座るまで女性を介助する。この場合、連れの男性は女性がきちんと座るまで着席を控える。
歴史
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中世
[編集]欧州におけるレディーファーストの起源は、騎士階級の道徳規範であった騎士道に求められる。騎士階級は富農身分や貴族身分の中から興り、12世紀頃に独立した階級となって世襲化した。この中で家臣が領主に従うように男性は女性に従い奉仕すべきであるという規範のもとに、女性にひざまずく男性像が模範とされるようになる[10][11][12][13][14][15][16][17][18][19]。また、5世紀頃にはマリア信仰が高まり、女性を崇高なものとする信念が生まれ、これを詩人や騎士が担った[20][21]。1152年にアキテーヌの女王エレノアは、詩人のベルナール・ド・ヴァンタダンに歌を作るよう依頼する。この歌は男性がとるべき女性への態度について騎士道的な行動規範を定めており、すなわち男性が女性に奉仕することに専念する必要があるという考えを促進する騎士道的規範を示した[22]。
近世
[編集]17世紀フランスのサロンにおいては、サロンの主役である女性が入ってくれば男性は席から立って挨拶した(特に、年配の女性から順番に)。その他、女性を先に通す、座るときには椅子を持ち上げる、外套を着るときには手伝うなどのエチケットは17世紀に作られた[23]。
19世紀以後
[編集]19世紀後半からマスキュリズムが台頭すると騎士道やレディーファーストは男性の権利の観点から批判されるようになる[24][25]。アーネスト・バックスは『フェミニズムの詐欺』(1913)で騎士道を「男性を犠牲にして女性に特権を与えるために、最も基本的な個人的権利を男性から奪い取ること」だと述べ、タイタニック号沈没事故で行われたレディーファーストを非難した[26]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 原文:近頃レデー・ファースト主義といふ言葉を見受けるが、あれは婦人に一目を置くといふよりも同等に取扱ふ、即ち婦人の個性を認めて尊敬するといふやうな意
出典
[編集]- ^ a b c あらかわ 1977, p. 1486.
- ^ a b 三省堂 2010.
- ^ 集英社 2006, p. 662.
- ^ 飯田, 山本 1983, p. 939.
- ^ 日本国語大辞典 2002, p. 1084.
- ^ a b c d バーダマン, バーダマン 1997.
- ^ 1857: Conference on Men’s Rights proposed
- ^ Women’s and Men’s Rights (1875)
- ^ Bax, E. Belfort (1913). The fraud of feminism. London: Grant Richards Ltd. OCLC 271179371
- ^ 阿部 2000, p. 101-103.
- ^ Sandra R Alfonsi (1986), Masculine Submission in Troubadour Lyric (American University Studies), Peter Lang
- ^ C.S. Lewis (1936), The Allegory of Love, Oxford University Press
- ^ Henry John Chaytor (1912), The Troubadours, The University Press
- ^ C.G. Crump (1951), Legacy of the Middle Ages, Clarendon Press
- ^ Peter Makin (1978), Provence and Pound, University of California Press
- ^ Irving Singer (2009), Courtly and Romantic, MIT Press
- ^ Gerald A. Bond (1995), A Handbook of the Troubadours, University of California Press
- ^ Sexual feudalism
- ^ About gynocentrism
- ^ Henry John Chaytor (1912), The Troubadours, The University Press
- ^ C.G. Crump (1951), Legacy of the Middle Ages, Clarendon Press
- ^ HISTORY OF IDEAS - Manners
- ^ 福井芳男『フランスの言語文化』(第1刷)放送大学教育振興会、1985年3月20日。ISBN 4-14-553841-2。
- ^ 1857: Conference on Men’s Rights proposed
- ^ Women’s and Men’s Rights (1875)
- ^ Bax, E. Belfort (1913). The fraud of feminism. London: Grant Richards Ltd. OCLC 271179371
参考文献
[編集]- 春山行夫『エチケットの文化史』平凡社〈春山行夫の博物誌 II〉、1988年。ISBN 4-582-51213-5。
- 阿部謹也『阿部謹也著作集第五巻 甦える中世ヨーロッパ』筑摩書房、2000年(原著1987年)。ISBN 4-480-75155-6。
- ジェームズ・M・バーダマン、倫子・バーダマン『アメリカ日常生活のマナーQ&A』講談社インターナショナル〈Bilingual books 13〉、1997年。ISBN 4-7700-2128-3。
- 日本国語大辞典 第二版 編集委員会, 小学館国語辞典編集部 編『日本国語大辞典 第二版』 第十三巻(第1刷)、小学館、2002年1月10日。ISBN 4-09-521013-3。
- 三省堂編修所 編『大きな活字のコンサイスカタカナ語辞典』(第4版)三省堂、2010年2月10日。ISBN 978-4-385-11063-9。
- イミダス編集部 編『imidas 現代人のカタカナ語 欧文略語辞典』信達郎, ジェームス・M・バーダマン(監修)(第1刷)、集英社、2006年4月30日。ISBN 4-08-400502-9。
- 飯田隆昭, 山本慧一 編『日本語になった外国語辞典』川本茂雄(監修)(初版第1刷)、集英社、1983年7月10日。ISBN 4-08-400261-5。
- あらかわ そおべえ『角川 外来語辞典』(第二版)角川書店、1977年1月30日(原著1967年)。ISBN 4-04-010702-0。
- 桃井鶴夫 編『アルス 新語辞典』アルス、1930年。 NCID BA65238260。