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ヤグルシとアイムール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アイムールから転送)

ヤグルシウガリット語: ygrš, Yagrush; ヤグルシュの表記もみられる)とアイムールウガリット語: aymr, Aymur)は、ウガリット神話に登場する2本の棍棒である。技術工芸の神コシャル・ハシス英語版バアル神に与えたもの。

ウガリット神話は、1928年にシリアラス・シャムラで大量の粘土板文書が出土したことにより、その詳細が知られるようになった[1][2][3][注 1]。ヤグルシとアイムールは、その中でも「バアルの神話英語版」「バアルとヤム」等と呼ばれる神話の中に登場する[注 2]

この神話の中で、神バアルは神ヤム[注 3]と争っている。劣勢のバアルに、技術工芸の神コシャル・ハシス英語版は魔術的な[注 4]2本の棍棒、ヤグルシとアイムールを与える。コシャル・ハシスはまず1本目を取り出し[注 5]、ヤグルシ(追放、駆逐する者)という名を与え、呪文を籠めた。ヤグルシは呪文の通り、バアルの手から鷲のように飛び立ち、ヤムの肩を打った。しかしヤムは倒れなかった。コシャル・ハシスは同様に2本目、アイムール(撃退、追放する者)を与えた。アイムールはヤムの眉間を打ち据え、ヤムを地に倒すことができた。その後、バアルはヤムに止めを刺し、勝利を収めた。

表記・意味

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各文献では、以下のように表記・音訳または訳出されている。

出典 ヤグルシ アイムール
フック & 吉田訳 (1967) 「ヤグルシ」(チェイサーによる)[4] 「アイムール」(ドライバーによる)[4]
Hooke (1963) 'Yagrush' (Chaser)[5] 'Aymur' (Driver)[5]
谷川 (1998) 「ヤグルシュ」[6]
〝追放〟[7][8]
ygrš[7][8][注 6]
「アィヤムル」[6]
〝撃退〟[7][9]
aymr[7][9][注 6]
Gordon (1948) ygrš[10][11]
‘Expeller’[12]
aymr[13][11]
‘Driver’[14]
柴山 (1978) 〝駆逐する者〟[15][16] 〝追放する者〟[15][17]
ガスター & 矢島訳 (2017) 〈駆逐者〉[18] 〈反撥者〉[18]
Gaster (1959) Driver[19] Repeller[19]
ゴールドン & 柴山訳 (1976) 駆逐者ドライヴァー[20] 追放する者エックスペラー[21]
グレイ & 森訳 (1993) 「追う者」[22] 「追放する者」[23]
ボンヌフォワ & 山下訳 (2001) 「追い払え」[24] 「放逐せよ」[24]
Mendelsohn (1955) Yagrush (‘Chaser’?)[25] Ayamur (‘Driver’?)[25]
Gibson (2004) Yagrush[26] Ayyamur[26]
Smith (1994) Yagarrish[27] Ayyamarri[28]

脚注

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注釈

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  1. ^ 発掘・整理は今なお(1977年時点)続けられている(柴山 (1978), p. 275)。
  2. ^ これらの神話は複数の粘土板に断片的に残っていた文章を繋ぎ合わせる形で復元されたものである。
  3. ^ ヤム・ナハルの表記もみられる。
  4. ^ 谷川 (1998), p. 33では「不思議な武器」、フック & 吉田訳 (1967), p. 122では「魔術的な武器」、ガスター & 矢島訳 (2017), pp. 300–301では「二つの特別なこん棒」と表現されている。またガスター & 矢島訳 (2017), pp. 300–301は「自動的に使用者のもとに戻る力を持った魔法の武器とされていたこともありうる」とも述べている。またグレイ & 森訳 (1993), p. 202では棍棒の代わりに「一束の電光」と訳されている。
  5. ^ この部分について、谷川 (1998), p. 53は「二本の棍棒を取り出して」「それらの名前を布告した」、柴山 (1978), p. 282は「二つの棍棒を作り出し」「その名を付けた」と訳している。
  6. ^ a b 谷川 (1998) では、訳文中(53-54頁)では「〝追放〟」「〝撃退〟」(ダブルミニュート原文ママ)と訳出されており、訳注(192頁)でそれぞれ「ヤグルシュ」と「アィヤムル」と読めるであろうとされている。

出典

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  1. ^ フック & 吉田訳 1967, p. 117.
  2. ^ 谷川 1998, p. 10.
  3. ^ 柴山 1978, p. 275.
  4. ^ a b フック & 吉田訳 1967, p. 122.
  5. ^ a b Hooke 1963, p. 82.
  6. ^ a b 谷川 1998, p. 192.
  7. ^ a b c d 谷川 1998, p. 48(UT 137 (6))
  8. ^ a b 谷川 1998, p. 53(UT 68 (12))
  9. ^ a b 谷川 1998, p. 54(UT 68 (19))
  10. ^ Gordon 1948, p. 150 (UT 68 (12)).
  11. ^ a b Gordon 1948, p. 167(UT 137 (6))
  12. ^ Gordon 1948, p. 52(Noun - 8. 32.)
  13. ^ Gordon 1948, p. 150 (UT 68 (19)).
  14. ^ Gordon 1948, p. 235(Glossary - 884. ymr)
  15. ^ a b 柴山 1978, p. 280(Herdner 2 / Eißfeldt ⅢABB / Gordon 137 - 5-10行目)
  16. ^ 柴山 1978, p. 282(Herdner 2:Ⅳ / Eißfeldt ⅢABA / Gordon 68 - 10-15行目)
  17. ^ 柴山 1978, p. 283(Herdner 2:Ⅳ / Eißfeldt ⅢABA / Gordon 68 - 15-20行目)
  18. ^ a b ガスター & 矢島訳 2017, p. 276.
  19. ^ a b Gaster 1959, p. 212.
  20. ^ ゴールドン & 柴山訳 1976, p. 168.
  21. ^ ゴールドン & 柴山訳 1976, p. 169.
  22. ^ グレイ & 森訳 1993, p. 202.
  23. ^ グレイ & 森訳 1993, p. 204.
  24. ^ a b ボンヌフォワ & 山下訳 2001, p. 223.
  25. ^ a b Mendelsohn 1955, pp. 226, 229.
  26. ^ a b Gibson 2004, p. 44.
  27. ^ Smith 1994, p. 322.
  28. ^ Smith 1994, p. 323.

参考文献

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